こころの健康

「こころの健康」への関心が年々高まっています。その背景にはうつ病などの「こころの不調」によって休職や離職に至る人の増加があるようです。コロナ禍がこの傾向に拍車をかけたことは疑いありません。
令和4年度の精神疾患による教職員の休職者は過去最多の6539人になりました。いろいろな職場で同様の事態が進んでいる気がします。皆さんの周りにこころの不調でお休みされた方はおられませんか。 (図1)

厚生労働省の「患者調査(2020年)」では、国内の精神疾患患者数が推計615万人と報告されました。この数字は前回調査(2017年)と比べて約1・5倍という増加率で、今や国民20人に1人がメンタルヘルスに問題を抱えているというわけです。

自殺も気になります。1998年に急増した自殺者数は、その後14年間3万人越えの状態が続き今も2万人を切ることはできません。幸いこの10年ほどは減少を続けていたのですが、コロナ以降じわじわと増加の兆しが見え始めています。中でも女性と若年層の増加は深刻です。2022年、小中高校生を合わせた子どもたちの自殺者は年間500人を超えてしまいました。まさに緊急事態ですね。

不登校の子どもは30万人近くに達しており、その何割かは将来ひきこもり状態になることが懸念されています。ちなみにひきこもりされる人は推計146万人(2022年)、本人と支える家族の高齢化が問題(5080問題)となっています。

教職員の精神疾患による病気休職者数

気になる数字ばかりを並べて恐縮ですが、これらはすべて現在われわれが直面している「現実」であり、「こころの健康」と深くかかわっている問題なので最初にご紹介させていただきました。皆さんはどのような印象を持たれましたか。

「健康経営」とメンタルヘルスリテラシー

さて、このような状況を反映するかのように、各企業で「健康経営」の動きが盛んになっています。経営は従業員の健康が基本になるというわけです。健康経営には「身体(physical)」だけでなく「こころ(mental)」の健康管理も含まれます。うつやストレスで働けなくなる人があまり増えては事業運営にも支障が出てくることでしょう。先に述べた、離職や自殺には精神疾患が関与しているケースが多いので、その対応にはこれまで以上の準備が必要となります。従来の健康診断だけでは「こころの健康管理」は難しいことでしょう。

体の不調に比べてこころの不調は気づきにくいといわれます。そもそも目に見えません。たとえば、不眠や食欲不振、疲労感などの症状で悩んでいてもそれをうつ病の兆候とは考えず、専門医の受診が遅れるケースは珍しくありません。また本人が不調に気づいても心療内科や精神科への受診に抵抗があるため、4人に3人は医療機関を受診しないといわれます。精神疾患に関する正しい知識を持っていれば、症状が深刻化しないうちに対応できるはずなのですが・・・。

このような、「こころの健康(メンタルヘルス)」についての知識や理解、そしてそれを活用するためのスキルを「メンタルへルスリテラシー」といいます。まさに心の健康を守るためのチカラですね。このぺージでは、最近注目されている「メンタルへルスリテラシー」についてご紹介したいと思います。

この用語がはじめて用いられたのは30年ほど前で(1)、2016年にはカナダのKutcherがその内容を以下の4つにまとめています(2)

1 心の健康を維持するために何をすべきか理解していること
2 精神疾患の症状とその対処方法を理解していること
3 精神疾患に対して偏見を持たないこと
4 精神的な問題で困った時に、いつ、どこで助けを求めるのかを理解していること。その相談先で何を期待できるのか、何が得られるのかを理解していること

メンタルヘルス×リテラシー

(1) Jorm AF, Korten AE, Jacomb PA, et al: ‘Mental health literacy’: A survey of the public’s ability to recognise mental disorders and their beliefs about the effectiveness of treatment. Med J Aust, 166(4): 182–186, 1997.

(2) Kutcher S, Wei Y, Coniglio C: Mental Health Literacy: Past, Present, and Future. Can J Psychiatry 61(3): 154-8, 2016.

これらの要素を身に着け、職場のメンタルへルスリテラシーを向上するためにできそうなことを考えてみましょう。

1と2の精神疾患の「予防」や「対処」については、メンタルヘルス研修やストレスマネージメント研修で学べそうですね。ただし、うつ病以外の精神疾患を扱った研修はあまり聞いたことがないので、そのほかの病気についても一度は勉強しておきたいものです。統合失調症や発達障害(神経発達症)、気分障害などについても知っておくときっと役に立つと思います。ちなみに、文部科学省では学校教育を通じて子どもたちのメンタルへルスリテラシー教育を進めており、2022年には、高校の保健体育の教科書に精神疾患が取り上げられました。

3の「偏見を持たないこと」はとても大切です。精神疾患に対する偏見や差別は「スティグマ」と呼ばれ、長い間、人々を不幸にしてきました。これを払しょくするには、経営者や管理的な立場にある人が率先して働きかける必要があります。まずは精神疾患についての正しい「認識」の徹底、管理職研修ですね。

4の「援助の求め方(援助希求)」については、相談窓口や担当者に関する情報の周知徹底、社内に相談のシステムがなければEAPなど外部機関との連携も有効です。「助けて」が言えない人は多いので、本人が声を出せないときは周囲の人がどう支援するかもリテラシーですよね。

以上、健康経営の基本となるメンタルへルスリテラシーについて簡単に説明しました。
世の中全体のメンタルへルスリテラシーが向上すれば、自殺も減るでしょうし、学校や会社に行けなくなる人も少なくなることでしょう。いいことずくめのような気もするのですが、問題はそれをだれがどのように進めていくかです。この文章を読んで関心を持っていただいた方は、さっそく同僚や家族にこの話をしてもらえませんか。鳴り物入りで上から押しつけてもきっと聞いてはもらえないと思います。大人も子どもも、こころの不調に早めに気づいてうまく対応できる世の中になるといいですね。

執筆者プロフィール

神澤 創 先生

  • 1982年 大阪府精神衛生相談所心理判定員
  • 1984年 東香里病院臨床心理士
  • 1986年 関西学院大学大学院文学研究科博士課程後期課程満期退学
  • 1987年 為永病院臨床心理士
  • 1990年 関西学院大学カウンセリングルーム・カウンセラー
  • 1993年 豊済会小曽根病院臨床心理士
  • 1997年 関西福祉科学大学社会福祉学部助教授
  • 2003年 同教授
  • 2006年 帝塚山大学心理福祉学部(現心理学部)
    および大学院人文科学研究科臨床社会心理学専攻(現心理科学研究科)教授
  • 2020年 いこまカウンセリングルーム こころ 代表
    https://ikoma-counseling-room.jimdofree.com/

社会的活動

奈良県自殺対策連絡協議会座長
奈良県臨床心理士会理事
奈良いのちの電話自殺予防委員会
生駒市精神障害者講演会ひだまりクローバー代表
生駒市教育委員
奈良市精神保健福祉連絡協議会委員

所属学会

日本心理臨床学会
日本心身医学会
日本自殺予防学会
日本学生相談学会
日本応用心理学会
日本集団精神療法学会
日本心理学会
American Counseling Association 他。

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